新潟に来て、鳥屋野ファイターズに入って良かった。

 敢太は5年生の6月に鳥屋野ファイターズ12期生15名の最後に入団しました。5年生の4月に千葉から転校して、敢太自身「新潟でもサッカーは続ける」と決めていましたが、チームを決めるまで2か月をかけ、本人が納得し希望してファイターズの扉を叩きました。
 敢太は鳥屋野小学校が3校目の小学校になります。親の転勤に伴い、1~2年生を大阪、3~4年生を千葉、そして5~6年生を新潟で迎えました。健康のためにと色々なスポーツを経験させましたが、その中でサッカーだけは小学校の6年間ずっと続けることとなりました。鳥屋野小学校に早く慣れる事が出来たのも、ファイターズのみんながいてくれたおかげです。
 小さい頃の敢太は、サッカーは好きなのですが決して積極的なプレーヤーではなく、チーム練習以外の時間に自分からサッカーボールを触るような子ではありませんでした。鳥屋野ファイターズに入ってからは、更にサッカーが好きになった様子で、家でも練習したり、試合でも自分が攻撃の起点となるにはどういうプレーが必要かと考えたりどんどんサッカーにのめり込んで行ったようです。これも一重に鳥屋野ファイターズというチームのそして12期生みんなの雰囲気の良さに影響されているものだと思います。
 小学校6年間の敢太のサッカーの集大成が、鳥屋野ファイターズで本当に良かったと思います。倉田監督、久住コーチ、布施コーチ、渋谷コーチといった指導者方に恵まれ、12期生を見守って頂いた古俣代表、野上副代表、小山さん、いつもチームのために働いて下さったタカトーさん、ヒコさん、アヤさん。皆さん本当に良くしていただいて敢太にとっても親にとっても最高のチームでした。ありがとうございました。
 12期生15名はそれぞれ性格にもプレーにも個性があって、それでいてチームとしては非常に仲が良くまとまっていて、また父母の皆さんも敢太と親をその輪にすんなり入れて下さり、新潟に不慣れな私達家族は本当に助けられました。この場を借りて皆さんにお礼申し上げます。
 敢太はこれからいつまでサッカーを続けていくか分かりませんが、鳥屋野ファイターズで皆さんと繋がったように敢太自身、大きくなっても人と人との繋がりを大事にしていって欲しいと思います。また12期生のみんなと保護者の皆さんとはこれからも末長いお付き合いをよろしくお願いいたします。
 最後に、鳥屋野ファイターズでの約2年間は、親も子もサッカーを通じて色んな事を経験させて頂きました。非常に濃い2年間を過ごせたと思います。こんな雰囲気の鳥屋野ファイターズが今後とも益々盛り上がっていく事を祈念いたします。そんな素晴らしい鳥屋野ファイターズの一員で居られたことに感謝いたします。ありがとうございました。
畑間 敢太の父 孝太郎

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コメント: 1
  • #1

    監督 倉田 (金曜日, 06 3月 2015 17:45)

    畑間さん・・・毎度お世話様です<(_ _)>
    いつもいつも、子供以上にサッカー、フットサルにのめり込む
    カンタの父ちゃんは美しい!!!
    カンタの父ちゃんのプレーが美しい???ではなく、取り組む姿勢が
    美しい...たぶん(笑)
    さて、カンタですが・・・最初の印象が平成生まれなのに何故か?何故か昭和!!!
    昭和チック!??? 出で立ちが(爆笑)
    5年生の頃は、ゲームではボールをよく追うのですが、デタラメ蹴りが多く(ーー゛)
    何の為に守備頑張ってんの???なんてことばっかだったよーな↓↓↓
    6年生になってからはデタラメが減り、頭も使って考えるプレーをするよーに
    なったと思いますョ(^^)
    フットサルに移行してからは、良い意味でズルいプレーヤーになったかなぁ~
    なんて.......(*^_^*)
    この前、ファビオでカンタとボールを蹴る畑間さんを見て、親子でボールを蹴って
    ゲームできるって。。。。。いいなぁ~♪と実感しました(これが大事)

    カンタは上中で、畑間さんはファビオで(笑)
    共に頑張って、また同じピッチでボールを蹴りあえたらいいんじゃないかと
    思います(^_-)-☆

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