みなさんのおかげです

 

暖人がサッカーを始めたのは3年生の夏、同じクラスだった瑞にファイターズに誘われたのがきっかけでした。練習体験に参加したとき子供たちのレベルの高さに暖人よりも親のほうが危機感を覚えたのを今でも忘れられません。当時は本当にへたくそで試合に出ても勢いだけのド素人といった感じでしたが4年5年と成長していくにつれて技術、そして頭も彼なりに成長できたと思います。これも児玉監督に厳しく教え、指導して頂いたおかげだと思います。また、古俣代表、倉田総監督、小山GM、小松原コーチ、久住コーチ、ご指導して頂いた方は数えきれなくただただ感謝、鳥屋野ファイターズで教わった沢山の事やチームとの思い出がこれからの彼のサッカーの礎になり活躍してくれると期待して行きたいと思います、本当にありがとうございました。そして保護者の皆様、6年生の皆、楽しく幸せな時間をありがとうございました。

 

伊藤 暖人父(麗)

 

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コメント: 1
  • #1

    監督 児玉 (金曜日, 25 12月 2015 01:17)

    伊藤さん、約4年間お疲れ様でした。13期生の父兄の中で、貴重なサッカー経験者として子供たちの練習にお付き合い頂きありがとうございました(_ _)。伊藤(母)さん、紫鳥線カップの接待で、栃木チームを手玉にとったあなたはお見事でした。そして13期生のマスコット的存在であった「そら」。誰にも懐きみんなに可愛がられた光景を思い出します。
    暖人が入団したのは3年の6月頃で、初めて出た公式戦の終盤に得点を決め華々しいデビューを飾ったことを思い出します。当時のメンバーでFWを誰にしようか迷っていたところでの活躍、そのままFWとして得点を重ねファイターズの勝利に貢献してくれました。
    中でもしんきんカップの新潟中地区代表決定戦で、起死回生の同点ゴールは今も鮮明に覚えています。学年が上がり部員も増えたことでチーム内競争をさせる為、他のポジションも複数経験させましたが、暖人の適正ポジションはやはりFWなのかなと感じました。6年生になると他のメンバーとの兼ね合いもあり、左MFでの出場が多く得点シーンが減ったことは残念でしたが、得点するチャンスが無かった訳でないのでそこを改善できなかった事が少し心残りです。中学生になってもサッカーを続けると思いますが、技術的な部分で目立つかもしれないけど、もの静かな暖人は自分でアピール出来るのだろうかちょっと心配です。「ジュニアユースのピッチは広いぞ。もっと声でアピールしろ!」それが出来れば、ジュニアユースでも活躍出来きると思います。

    勝利のGoolを沢山ありがとう。更なる活躍を期待しています。
    頑張れ 暖人!

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