卒団ブログ

4年の5月より、入部⚽️初めての試合は上山カップだったかな。入部してからずうっっっっと、もっと頑張れ、もっと頑張ってよといい続けた気がします。でも、紘シローは頑張ってたんだよね。どんな時も休まず「行ってくるね」と練習に試合に積極的に参加した事は本当に偉かったと、親バカながら思います。宿泊先から、「やっぱり日曜練習行きたい!!」と朝食そこそこに、体育館練習に行った事もありました。そんなファイターズ大好きだと思ってた紘シローが6年になるころ、プレ紫鳥線カップの頃、練習は行くのに帰宅後は不機嫌。どうしたの?と聞いても別に…と言いながら当たり散らす…。辞めたいと言うんじゃ無いかと夫婦で心配しました。けど、ファイターズの仲間に支えてもらい、気づけばまた、ファイターズ大好き!サッカー好きな紘シローに。

児玉監督、紘シローを育てて頂きありがとうございました。小松原さん(12歳の体で体当たりで抱きついていましたね汗)田中さん、6年保護者パパさんたち、沢山、沢山可愛がっていただきありがとうございました。
倉田さん、久住さん、紘シローの良いところを、拾っていただき本当に本当にありがとうございました。足りないところばかり、目がいってしまい、頑張れ‼️と叱咤ばかりでしたが、良いとこもあるんだと、気づかせてもらいました。
まだ紘シローのサッカーは続きますがファイターズでお世話になり、頑張った事を忘れず、それを土台にして母の、「だから頑張れ」に負けず、これからも元気に大きくなって欲しいと思っています。
ファイターズに入部して本当に良かった。感謝でいっぱいです。

押田紘之朗 (母  押田咲)

 

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コメント: 1
  • #1

    監督 児玉 (金曜日, 08 1月 2016 01:25)

    押田さん、事務局長の大役を務めお疲れ様でした。就任の際、「大丈夫か?」と心配する声も上がりましたが、あなたの明るさとバイタリティーで無事乗り切りましたね。果子がいるのでもう2年間、ファイターズのバックアップをお願いします。
    紘之朗が入部したのは4年生の5月だったと思います。Tenyカップ直前の体験入部で練習試合をした際、紘之朗のディフェンスにことごとく止められた記憶があります。「あの時もう少し早く入部していたら、試合で使えたのに」と当時思っていました。彼の特徴は何と言っても体の強さ。フィジカルコンタクトで感じましたが、まるで岩のようにビクともしませんでした。その体の強さを活かし、相手からボールを奪いましたね。
    5年生までは順調に伸びた紘之朗ですが、いつからか首を傾げる姿が目立つようになりました。それは、紘之朗のパスに味方が反応しなかったり、シュートがバーやポストに嫌われたり・・・(;_;)シュートの数はチーム内でも多くストライカーだなと思いつつ、決定力がなく「10本打って2本くらいしか点にならないね」と言うと、「けど2本も入るよ」と常に前向きな考えを持っていました。その彼がピッチに立つと何故かワクワクし、実におもしろく楽しませてもらいました。印象に残ったエピソードです。妹の果子が怪我をし、紘之朗は救急箱をあさっていました。妹思いの優しい奴だなと思い、「湿布を探しているの?」と訪ねたところ、「空気入れを探している」との返事。ん?救急箱に空気入れ・・・。あまりのボケにあの場に居合わせた晴太と大爆笑でした。いったい彼の頭の中はどうなっているのやら(笑い)
    中学生でもサッカーを続けると思いますが、おもしろい迷プレーヤーのままではいけません。全てにおいて正確性を求めて練習すれば、もっと素晴らしい選手になると思います。
    頑張れ紘之朗!父を超えてみろ。

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