「ありがとう、鳥屋野ファイターズ」

 

怜は4年生の10月からファイターズに入団しました。2年生くらいから学校の休み時間にサッカーをしていて興味があったようで、3年生の春に1年生の時から仲の良い真大(まなと)と一緒にリベルタサッカースクールに入りました。

 

スクールで物足りなくなった頃、友達の勧めもあって真大と一緒にファイターズの体験に行きました。

 

行ってみたらいつも一緒にサッカーをしている仲間が笑顔で出迎えてくれ、すぐに入団を決めました。保護者の方々も何もわからない不安いっぱいの私たちに分かりやすく説明していただき、とても安心したのを覚えています。

 

5年生の初めての夏ではあまりの暑さにバテバテ…..。熱中症を心配していましたが予感的中。大事な試合で気分が悪くなってしまった事もありました。

 

そんな中、くやしくて気分が落ち込んだりしたこともありましたが、仲間の励ましで乗り越えることができました。ここまで続けてこれたのも6年生のメンバーのおかげだと感謝しています。

 

怜はファイターズの一員となりサッカーを通じて心身ともに成長させていただいたと思いますし、私たち家族もとってもにいろんな事を経験できた2年半になったと思います。

 

中学へ行ってもサッカーを続ける事を決めている怜。監督、コーチの方々からの指導で学んだことを胸にこれからもがんばってほしいと思います。

 

最後に、児玉監督はじめ小俣代表、倉田監督、小松原コーチ、小山クラブマネージャー、その他多数のコーチ陣の皆様、お忙しい中指導していただきありがとうございました。

 

そして保護者の皆様本当にお世話になりました。鳥屋野ファイターズ関係者に感謝!!ありがとうございました。

 

 

 

仲川怜の母 美代子

 

 

 

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コメント: 1
  • #1

    監督 児玉 (金曜日, 15 1月 2016 01:14)

    仲川さん、お疲れ様でした。美代子さんはぎっくり腰を患いながら、子供の送迎や当番をこなしよく頑張りました。他の何人かのメンバー同様、太基が残りますので今後も夫婦共々ファイターズのバックアップをよろしくお願いします。
    怜が入部したのは4年生の秋だったかな?ファイターズ13期生最後の入部でした。当然のことながら、技術的なものや体力的なもので大きなギャップを本人が感じていたと思います。体調不良も重なり、4年の冬に基礎練習が出来なかったことが後々響きました。怜の印象ですが、やはり4年から入部した他のメンバー同様、止める・蹴るがうまく出来ませんでした。ただ、身体能力の高さには気づいていましたので、基礎が身に付けばおもしろい選手になるのかなと期待していました。怜のデビュー戦ですが、強烈なインパクトを残しました。南浜小での練習試合にFWで出場させたときです。ピッチのハーフライン上でボールを受けた怜が、ドリブルを開始。するといつの間にかボールがゴールの方へ飛んで行きました。蹴れないはずなのに、何故?トーキック伝説の始まりでした。(笑い)あまりにも正確なミドルレンジからのトーキックで、ゴールを量産しましたね(ง •̀_•́)ง‼
    FWとしてプレーすることが多かった怜ですが、プレーに幅を持たせるためサイドハーフなどを経験させました。しかし、短距離系の怜は、ダッシュを数本繰り返すとすぐに電池切れ。もがき苦しむ姿を見て、サイドポジションでの起用を諦めた結果、出場時間が少なくなってしまいました。しかし、6年生になり練習を諦めずに続けた結果、技術、体力があきらかに向上し、期待が持てる選手に成長しました。特にフットサルの練習で、今までほとんど経験のないディフェンスに起用したところ、眠っていた能力が目覚めました。
    成長著しいときにファイターズは卒団となることが残念ですが、中学校でも是非サッカーを続け活躍してください。
    13期生の末っ子 怜、一番気を使ったけど色々な試練を乗り越え頑張ったね。
    後ろ向きの考えは必要ありません。しっかり前を向いて突き進め!

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